東京地方裁判所 昭和50年(ワ)9382号 判決 1978年5月29日
原告
川上トミ
被告
北田誠次郎
ほか一名
主文
一 被告両名は各自、原告に対し八五六万六、〇八六円とこれに対する昭和四九年一二月二九日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。
二 原告のその余の請求を棄却する。
三 訴訟費用は三分し、その二を被告らの、その余を原告の負担とする。
四 この判決第一項はかりに執行することができる。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1 被告らは各自、原告に対し一四〇〇万円とこれに対する昭和四九年一二月二九日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。
2 訴訟費用は被告らの負担とする。
3 仮執行宣言。
二 請求の趣旨に対する答弁
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
第二当事者の主張
一 請求原因
1 交通事故の発生
被告北田は昭和四九年一二月二八日午後〇時五〇分ころ、タクシー)品川五五あ三、二二〇号)を運転中、港区赤坂六丁目一九番四〇号先交差点で、川上富士雄が運転する自動二輪車(練馬み三、七九三号)に衝突して同人を轢過し、夕方五時に死亡させた。
2 被告北田の責任原因
本件タクシーを保有し、自己のため運行の用に供していた。
3 富士雄が蒙つた損害
(一) 逸失利益 三、八三九万八、九五五円
(1) 算定基礎
稼働可能期間は死亡時の二五歳から六七歳までの四二年間、収入額は昭和五〇年賃金センサスによる新高卒男子、企業規模計、年齢計給与二二六万五、一〇〇円、昭和五三年までの前年度比貸金上昇率は各一五パーセント、生活費は収入の二分の一、現価換算法は新ホフマン式とする。
(2) 算式
2265100×(1+0.5)×(1+0.5)×(1+0.5)×(1-0.5)×22.293
(二) 相続
川上修一は富士雄の父、原告は母である。富士雄の右損害賠償請求権を二分の一ずつ相続した。
4 修一が蒙つた損害
(一) 富士雄の受傷、死亡に関し、(1) 治療費一〇万九、五六〇円、(2) 諸経費三〇〇円、(3) 文書料二一〇円、(4) 葬儀費用四〇万円を負担した。
(二) 慰謝料 七五〇万円
(三) 弁護士費用 五〇万円
5 原告の蒙つた損害
(一) 慰謝料 七五〇万円
(二) 弁護士費用 五〇万円
6 損害のてん補
(一) 4の(一)の(1)ないし(3)の損害は自賠責保険金でてん補された。
(二) 本件交通事故に関して支給された(一)以外の自賠責保険金一、〇〇〇万円は、修一と原告とが五〇〇万円ずつ受領した。
7 修一の権利の相続
修一は昭和五二年二月一四日死亡した。同人の妻である原告はその権利を全部相続した。
8 債権者代位権
(一) 既述の損害賠償債務者被告北田は資力がない。
(二) 被告組合はその組合員である被告北田との間で、本件交通事故に先立つて、被告北田が交通事故を起し、対人、対物に損害金を支払う義務を生じたときは、事故弁償金を給付する旨合意した。
9 結論
よつて、原告は被告ら各自に対し、てん補類を差引いた右損害金を一、四〇〇万円の限度でとこれに対する昭和四九年一二月二九日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
二 請求原因に対する認否
1 2の(一)、6のうち自賠責保険金一、〇一一万〇〇七〇円が支給されたという点、7、8の事実は認め、2の(二)の事実は否認する。その余の事実は知らない。
三 抗弁
1 被告両名
(一) 本件タクシーには構造上の欠陥や機能の障害はなかつた。
(二) 被告北田はセンターラインにそつて右折をしたものでなんら過失はない。かえつて、富士雄が交差点まじかで突如センターラインを越え、本件タクシーを追い越して交差点へ暴走したという一方的自損行為によつて惹起された事故である。
2 被告組合
事故弁償金の支払最高額は対人一人一三〇〇万円とする合意があつた。
四 抗弁に対する認否
1の事実は否認し、2の事実は認める。
第三証拠〔略〕
理由
一 交通事故の発生について
請求原因1の事実は当事者間に争いがない。
二 被告北田の責任原因と過失相殺について
1 同被告が本件タクシーの運行供用者である点、このタクシーに構造上の欠陥や機能の障害がなかつたという点は当事者間に争いがない。
2 事故原因
(一) 成立に争いがない甲第一号証によれば、富士雄が運転していたオートバイは車幅〇・八三、車長二・一一、車高一・一二メートル、被告北田が運転していたタクシーは車幅一・六九、車長四・六九、車高一・四六メートルであること、同号証や成立に争いがない甲第三、第四号証によれば、事故現場は山王通り方面と六本木方面とを結ぶ南北に走る道路(車道幅員は事故現場近くで全体が七メートル、白い破線の中央線で仕切られた南進側が三・五七メートル)に対し、外苑東通イへと抜ける西方に伸びていく道路(車道幅員が九・二〇メートル、西進側が四・七メートル)が丁字形に交差した場所で、この付近では最高速度が毎時四〇キロメートルに指定されていたこと、検証の結果によれば、山王通り方面から南進していくと直線の上り坂になつていて、その途中に本件交差点があるが、右折方向をあらかじめ見通すことはできず、交差点内に入りかけるあたりから右方の見通しが広がつていくようになつていること、以上の証拠によれば、交差点西南隅の車道より一段高くなつた歩道上に電柱があつて、これを支えるコンクリート製の柱が数メートル西寄りから斜めに立てかけてあること、成立に争いがない甲第五、第七号証、証人小出(第一、二回)、同山中の各証言、被告北田本人の供述を総合すると、富士雄がタクシーの鼻先を滑走していつてオートバイもろとも転倒した最終的地点は右支柱付近で、フロントガラスごしにその転倒を一瞬眼前にとらえた北田は急ブレーキをかけたが制動効果が現れる時間もなく、追いかけるようにしてタクシーを乗りあげ、富士雄に骨盤腔内損傷、右大腿部骨折等の致命傷をもたらしたこと、転倒のきつかけは右折し初めた初期の段階のタクシーの右側面によつてオートバイの左側に与えられていること、事故の痕跡としては、甲第一号証によれば、オートバイが右横に傾いたときのものと思われる断続する三本の路面擦過痕が交差点西側出口あたりの道路中央付近から二メートルほどの間に、オートバイの転倒地点よりやや西方に向うほゞ直線の軌跡をえがいて残つていたこと、他方、タクシーにはオートバイに乗りあげて支柱に衝突したときに生じたとみられる正面の破損のほかは右サイドミラーの曲損があつたにとゞまること、このサイドミラーの曲損というのは、被告北田の供述によれば、半回転して逆向きにねじ曲つていた状態を指し、ガラス体は破損していなかつたことを認めることができる。以上はまず動かしがたい事実といえる。これらの事故の痕跡や事故の発端が生じてからあとの経過を合わせて考えると、事故の大筋としては、オートバイの速度の方がタクシーを上回つていて、先行していたタクシーの向きが交差点中心の内側で直進状態から右へ浅く変つたくらいのところで、サイドミラーにそのガラス体を破壊したり傷つけたりしない柔かさをもつた物体、すなわち富士雄の身体の一部が当たり(以下、第一次衝突という)、その直前から直後の間に富士雄は体勢を極度に右傾させて切り抜けようと図り、このとき車体が地面をこすり、そこで反対側へ起きあがりかけたが、自由を取戻せないうちに左斜めに滑走して道路端に衝突転倒、逆に左へ避けようとしたタクシーとたまたま軌を一にする結果となり、二度目の衝突(以下第二次衝突という)となつたものと推認できる。なお、タクシーの速度については、被告北田本人の供述、証人小出(第一、二回)同山中の証言間に問題視すべきくいちがいはなく、それらを総合すると、毎時四〇キロメートルほどであつたのが交差点付近にさしかかるころから徐々に低下し、右折にかかるころ毎時二五キロメートルほどになつていたことが認められる。
(二) ところで、甲第一ないし第四号証、被告北田本人の供述によれば、「北田は道路中央線から三、四〇センチメートル左側を進行して交差点に入り、その中心の内側を右折したところ、交差点中心を通る東西線から一・四五メートル北、南北線から一・八五メートル西の地点でオートバイが衝突してきた」、右供述によれば、「後方や右側方の安全確認はしなかつたが、交差点の手前三〇メートルの地点あたりから右折合図を出していた」、甲第三号証によれば、「オートバイは交差点手前四〇メートル余の区間を八〇センチメートル反対車線にくいこんで進行した」ということになる。
これに対し、証人小出(第一、二回)同山中の証言によれば、「タクシーは中央線との間にオートバイ一台がはいれるくらいの余地を残して、南進車線の真中辺を走り富士雄のオートバイはその後方を追従していたが、そのうちオートバイは進路を中央線上付近に寄せて右折合図を出した状態でタクシーと並び始め、中央線に寄らないで右折合図も出さないタクシーの脇をそれよりやゝ早目の速度で直進、交差点に入つて時速四〇キロメートルより落目で大回り気味に右折しようとしたところ、直進気配のタクシーが急に右折し始めて衝突が起つた」ということになる。
さて、オートバイの速度を五、六〇キロメートル毎時とするのは、第一次衝突から第二次衝突にいたるまでの経緯にそぐわない難点がある。また、オートバイが中央線を八〇センチメートルこえた位置を走行し、右折の過程で一メートル余さらに西方に移動した地点で第一次衝突が発生したとする見方は、その時点での両車の衝突部位、擦過痕の所在位置およびその方向線、オートバイの転倒位置の諸関係に照らすと、全体として西方に寄りすぎた感じがする。さらに、タクシーが交差点三〇メートル手前から右折合図を出していたということであれば、二度にわたつて実施された実況見分のなかの被告北田の指示説明になぜそういう重要な点が現れていないのかという疑問がわくし、右折合図が適切に出されていたのならこの事故はそれを無視または見落した富士雄の自殺的無謀行為の当然の所産という結論になる筈であるが、むしろそういう印象よりも、その通り右折合図が出されていたのであれば、この事故は起きなかつたのではないかという印象の方が強い。小出、山中の証言内容の方が前掲の範囲では心証を惹く。
(三) 以上の次第によれば、被告北田に過失がなかつたと考えるのは多分に疑問があり、本件全証拠によるもこの点を認めるに足りない。他方、富士雄にしても過失がある。即ち、タクシーは南進車線の真中辺を走り、交差点に近づくにつれ徐々に速度も低下気味で、必ずしもその動向が定かでなく、しかも、タクシーとの間に安全な側方間隔をとる余裕がない(中央線付近上のオートバイのハンドル左端からはせいぜい五〇センチメートルほどと推算される)のにその右脇に進出し、速度も道路状況や右折する点などを考慮すると危険性が高い域に達していたと判断でき、その過失が事故の発生や結果の重大化に影響を及ぼした程度を考慮すると、後述の損害について四割の過失相殺をするのが相当である。
三 富士雄が蒙つた損害と相続
1 逸失利益 二、一二六万〇、一四五円
(一) 算定基礎
成立に争いがない甲第一〇号証、証人小川貴弘の証言、これによつて真正に成立したと認められる甲第一一号証を総合すると、富士雄は昭和二四年一〇月一五日生れで、昭和四三年三月高等学校を卒業、それ以降自動車整備関係の仕事に従事していたこと、試用期間中の事故当時で、手取り月給が九万円前後、賞与が年間五ケ月分を得ていたことが認められる。右事実に照らすと、労働可能期間は六七歳までの四二年間、基準収入は公刊されている昭和四九年ないし五一年の賃金センサス中の産業・企業規模・年齢計新高卒男子労働者の平均賃金、生活費二分の一、死亡時の現価換算法はライプニツツ式とするのが相当である。
(二) 算式
{(126700×12+432600)×0.9523+(143100×12+547900)×0.907+(160700×12+552100)×(174232-1.8594)}×(1-0.5)
2 相続
甲第一〇号証によれば、川上修一は富士雄の父、原告は母で、両名が富士雄の損害賠償請求権の相続人と認められるから、その相続分は二分の一ずつとなる。
四 修一と原告とが蒙つた損害
1 原本の存在と成立に争いがない甲第一六号証、証人小川の証言、これによつて真正に成立したと認められる甲第一四号証によれば、請求原因4の(一)の事実が認められる。
2 慰謝料
甲第一〇号証、小川の証言を総合すると、修一は明治二四年、原告は明治三九年生れの高齢で、一人息子の富士雄の援助を受けながら生活していたことが認められる。これらの諸般の事情を合わせ考えると、その精神的苦痛を慰謝するにはそれぞれ四〇〇万円を以つて相当とする。
五 損害のてん補
1 本件交通事故の関係で、自賠責保険金一、〇一一万〇〇七〇円が支給されたことは当事者間に争いがない。
2 右保険金のうち、一一万〇七〇円は4の(一)の(1)ないし(3)の損害について受給し、残りは修一と原告とがそれぞれに属する損害賠償請求権について五〇〇万円ずつ受給したことは原告が自認するところである。
六 残損害と相続
1 過失相殺
前記4の(一)(1)ないし(3)の損害については過失相殺しないのが相当である。その余の既述損害について四割を過失相殺することとし、既払分五〇〇万円ずつを差引くと、修一分四〇一万八、〇四三円、原告分三七七万八〇四三円が残る。
2 弁護士費用
原告訴訟代理人に支払われるべき費用のうち、修一、原告の関係で、四〇万円と三七万円とが本件事故による損害として相当である。
3 相続
修一が昭和五二年二月一四日死亡し、右請求権を原告が相続したことは当事者間に争いがない。
七 被告東京都個人タクシー協同組合に対する請求について
請求原因8、抗弁2の事実は当事者間に争いがない。したがつて、原告は被告北田に対する先述の損害賠償請求権に基き同被告に代位して、被告協同組合に対し一三〇〇万円の限度で被告北田が負う賠償債務額(遅延損害金を含む)と同一の事故弁償金の支払を求めることができる。
八 結論
よつて、原告の請求は、被告北田に対し不法行為に基づく損害賠償金八五六万六、〇八六円とこれに対する本件事故ごの昭和四九年一二月二九日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金、被告東京都個人タクシー協同組合に対し同一額の事故弁償金と右同様の遅延損害金(最高限度一、三〇〇万円)の支払を求める限度で理由があるから認容し、その余は失当として棄却する。民事訴訟法八九条、九二条、九三条、一九六条。
(裁判官 龍田紘一郎)